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中国産毒餃子事件について 再考 2008.02.18
続々と事実が明らかになってきた感のある中国産毒餃子事件について、さらに考えてみたい。
今回の毒餃子事件については、「中国製餃子中毒事件について」として前々回エントリーしたけれど、だいだい拙記事で予測したような展開になってきつつある。
その記事で、個人の犯罪だったキャンペーンをするのではないかとした予想どおり、中国当局は「自分は悪くない」と言い張り、2月6日になって検査検疫総局の魏伝忠副局長が「中日関係の発展を望まない少数の分子が過激な手段に出たのかもしれない」と、故意の犯行をほのめかした。
問題はこれに日本側が乗ってくるかどうかだけれど、犯人が捕まったりして、公表されない限り、中国がいくら安全だと言い張ったところで、日本政府として安全宣言は出しにくい。
前々回のエントリーでは、中国が犯人を公開して、天洋食品の管理責任を問うというシナリオを推測していたのだけれど、天洋食品自身が中国国家お墨付きの安全・最新の会社であるようで、どうやら責任を問うつもりはないらしい。
とすると、犯人は日本人だ、ということにするしかないのだけれど、日本側の捜査が着々と進んでおり、密封容器の内部からもメタミドホスが検出されたこともあって、その可能性は限りなくゼロに近い。
日本警察が偉かったのは、早期に日本国内の可能性がないことを証明したこと。そして、それをしぶしぶながらマスコミが報道したこと。
これが実に大きかった。ともすれば、パッケージ袋に空いた穴をターゲットに、事件の責任は日本にあると、責任転嫁される事態をギリギリで回避した。
次々と発覚した事実と科学的検証によって、日本国内の犯行説の声がどんどん小さくなって、中国国内の問題だろう、との日本の世論が固まってきた感がある。この時点で日本の勝利は確定した。
2.無為無策の効用
今の段階でも、日本政府は中国産食品に対して、輸入禁止措置をとることもなく、抗議もなく、対外的には特になにもしない、無為無策の状態にある。
仮にこの無為無策になんらかの効用があるとすれば、国民の自衛意識を促したことと、中国の実態を国民に明らかにしたことだろう。
国民の生命が危険にさらされた、という事態にあって政府レベルでなにもしないということは、国民に自分の命は自分で守れ、と言っているに等しい。現に冷凍食品のみならず、中国産食材や中華料理そのものが敬遠されるという風評被害が起きている。
国民は政府に非難の声をあげることなく、黙々と自衛行動に出ている。このまま無為無策が続けば続くほど、「中国」と名がついただけで、すべて敬遠されていくだろう。
また、この無為無策行動は中国の選択肢を狭める。逆説的に聞こえるかもしれないけれど、今回の事件で、相手にフリーハンドを持たせたことで、かえって中国を追い詰めることになっている。
なぜかといえば、既に日本国内の問題ではないということをほぼ確定させたから。この問題を解決しようとすれば、中国側から解決のための原因の特定と今後の対策を提示しないといけなくなったから。
一説には、今回の犯人は、天用食品を解雇された元従業員ではないかとも、天洋食品側の杜撰な衛生管理だとも言われているけれど、どれにせよ、中国当局は自分の国の問題であることを明らかにして、謝罪し、再発防止策を公表しなくちゃいけない。でなければ日本の消費者は安心して買うことができない。
だけど、中国は自国の食の安全に問題があることを世界に公表したくない。特にオリンピックを控えた今の時期にそんなことが明らかになったら、五輪開催も怪しくなってくる。
となると中国はなにがなんでも、今回の問題について自国の責任を認めるわけにはいかない。日本の責任にして、自分は悪くないと言いたいのだけれど、もうそんなことは、科学的にありえないことが分かってきたから、逃げ道は塞がれている。
中国当局がなにか言っても、そのたびに日本側から科学的・客観的に検証されて否定されるものだから、言い訳すればするほど、自分の首を絞めることになってしまっている。
もう、ごく一部の個人の犯罪だったとして矮小化して処理するしか手がなくなってきた。
ただこの手を使ったとしても中国はまだ苦しい。長年、反日教育をしてきて「愛国無罪」も事実上認めてきたものだから、中国人民は犯人にしたくない。たとえ事実だったとしても。
中国人が犯人だったと日本に公表して刑罰を科して事を収めるにしても、その行為自体が国内感情を強く刺激する。人民の不満が政府に向かうリスクもある。だからたぶん刑を科しても中国国内には一切報道させないだろう。
また、千葉県で健康被害を起こしたものと同じ製造日の冷凍餃子を日本生活協同組合連合会が、検査を行わないまま、来日した中国の調査団に譲渡していたことが判明して、中国側での証拠隠滅の恐れも懸念されているけれど、今回の事件に纏わる中国当局の対応ぶりと状況証拠がここまで揃っていれば、かえって不信感をますばかり。
中国も内心はとても苦しい立場にある。アクションを起こすたびに自分の首が締まる。だから、「日本の政府とメディアは、国内の世論をコントロールするように」と、横柄に泣きを入れてきた。もちろん日本のせいじゃない。
3.「やらない」と「させない」
福田総理はかつて、靖国参拝の是非について問われ、「相手の嫌がることはやらない。」と答えた。確かに今回の毒餃子事件について、中国に責を問うことは「相手の嫌がること」だろう。
だけど、日本国民にしてみたら、毒食品を無差別に食べされられるのはたまらない。中国産食材の輸入停止をしていない現状は、日本国民にとっても「嫌がること」
福田総理は中国の嫌がることと、日本国民の嫌がることの狭間で立ち往生の状態にある。
以前「総理の一字」のエントリーで、福田総理の行動原理を表す一字は「安」ではないか、と言ったけれど、なにもやらなければ「安」を得られるのは当然。だけどやらなければ得られない「安」があることも忘れてはいけない。
今回の事件は明らかに、日本国民にとってやらなければ得られない「安」に直面している。
こうした国民の生命に関わる緊急事態に政府がきちんと対応できないのであれば、無政府状態と殆ど変わらない。
今回の問題について、日本国民がとれる自衛手段としては、中国をキーワードにして、中国の名のついた食品を避けること。危ないものは口にしない。
だけど、鳥インフルエンザなんかの、空気感染するような疫病となると、感染者に接触するだけで危険にさらされる。だから、国内に感染者が出た時には、入出国の制限や感染者の即刻隔離などの処置が取れなければ大変な事態に陥ってしまう。
今回の毒餃子に対する対応で、各省庁の足並みがそろわないという報道もあったけれど、鳥インフルエンザが感染爆発するような事態になったら、足並みが揃わないなんて言っていられない。
国民を守るということひとつとっても、「やらない」ことで守れるものもあるけれど、「させない」ことでようやく守れるものもある。やらないことは楽だけど、させないことは大変面倒。でも危機が起こってから、やらなかったことを後悔しても、もう遅い。
4.やっぱり板ばさみ
これまでの報道をみるかぎり、どうやら中国は「個人の犯罪だった」という矮小化作戦を実行して、日本政府もそれに乗っているようにもみえる。すでに両政府間で合意があるのかもしれない。
岸田国民生活担当相は2月7日午前、TV番組で中国製毒餃子事件について「結果論だが、企業の食の安全に対する危機管理に問題があったのではないか」と述べて、日本の輸入業者の責任に言及した。
前々回のエントリーでもし「個人の犯罪だったキャンペーン」に両政府とも乗れば、国内食品メーカーが板挟みに遭うと予測したように、あたかもそれを裏付けるかのような政府高官の発言。
日中両政府が政府の責任ではない、あれは事故なのだと互いに押し合いをすれば、間に挟まれた食品メーカーや輸入業者が押しつぶされる。今後、同じ事件がおきたら、確実にメーカーの責任にされる。会社が傾く。
だから、必然的に中国産食材とはっきり記載して、消費者にリスクを負って貰うか、検査をしっかりやって、なんらかの安全対策をするしかない。
だけど、事件発覚後の国内の風評被害も含めた消費者の反応をみるかぎり、中国産食材は、もうそれだけで売れないことがはっきりしてる。
だからおそらく、業者も面倒な検査・安全保障の仕組みを考えるよりも、いちばん簡単・確実な中国産食品の輸入を辞める選択を選ぶだろう。
実際に今回の事件発覚から各輸入業者は次々と仕入れ先の変更処置を検討しているという。事実上、中国産食品は禁輸状態なのかもしれない。
いずれにせよ産地表示に対しての国民の意識がうんと高まった。チャイナフリーが、いよいよ日本でも見られるようになるかもしれない。
あとは、中国産を国産と偽る産地偽装や、第三国を経由して中国産を輸入して、第三国産と表記されることが消費者側として注意すべきところ。
昨年マスコミは産地偽装や消費期限問題で散々叩いたけれど、もし今後中国産を国産と偽って、食中毒を起こしたとしたら、なんと報道するのだろうか。
5.戒律と取引コスト
経済学用語で「取引コスト」というものがある。
「取引コスト」とは、「交換されたものの価値を計るための費用と、権利の保護や契約の遵守と執行のための費用」のこと。
たとえば、商品の輸入ひとつとっても、それが確かな商品であって、約束の期日に契約した数量がきちんと納められて、支払も完全に行われることが前提となっている。こうした取引をつつがなく完了させるための費用が取引コスト。
日本人にとってはこんなの当たり前。こんなことに費用が発生し、また相手や場所によってその費用に大きな差があるなんてことは意識しない。
今回の毒餃子事件は、この取引コストの意味を痛感させた。中国製品の取引コストが相当に高いことが知られてしまった。
今後、中国産食材を安全に仕入れるためのコストは今以上に高くなるのは確実。
取引コストを安くさせる最も効率的な方法はひとりひとりのモラルを上げること。当たり前の話。戒律でいうところの「戒」。自分で自分を律する心。
日本は伝統的にこの「戒」の基準が高くかつ広く浸透していたから、取引コストは限りなく低かった。納期を守るなんて今でも常識中の常識。
火にかけると鉛やカドミウムが漏れ出す土鍋とか、マラカイトグリーンが残留する鰻とか、釘の入った松茸なんかが、平気で流通しているような社会では、その取引コストはうんと高くなる。
そんな粗悪品を全品検査するとなったら、大変な費用がかかる。だけど、従業員ひとりひとりのモラルが高くて、明文化されない「戒」がしっかりしていると、最初から粗悪品なんてつくらないから、検査費用からして必要なくなる。
国民ひとりひとりのモラル、「戒」って結構社会を支える重要な要素。
フランシス・フクヤマも、インフォーマルな規範は、経済学者が「取引のコスト」と称するものを大きく下げてくれる、と指摘している。
先日、2月16日に警察庁が問題の毒餃子から検出された「メタミドホス」について鑑定したところ、不純物が多く、日本国内のものではないと断定したと報道されている。毒物混入は中国国内であることがほぼ確定した。
中国に進出している日本メーカー、特に食品関連メーカーは中国人従業員向けに人権教育にもっと力をいれるべきだと思う。
中国人自身のモラルをあげない限り、今回のような問題はなくならない。たとえ毒物混入の犯人が天洋食品の従業員であれ、外部の第三者であれ、はたまた中国人以外の誰かであったにせよ、簡単に毒物を混入させられるような製造ラインを許してしまっていたり、そもそも毒を入れるというような発想からして無くしていかないといけない。
「戒」であるインフォーマルな規範が十分機能している日本と、「律」であるフォーマルな調整機能、契約や法制度すら満足に働かない中国。これらの差を埋める努力が、結局は中国の民度を上げ、品質を向上させる一助になる。
(了)
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by jp & Blog-Headline | 2008.06.17
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